1964年10月16日に原爆実験を成功させ、その数年後には「文化大革命」の狂気に突入した毛沢東中国に対し、当時の佐藤栄作首相は強い警戒感を抱いていた。
そのため佐藤は、対抗核武装の道を閉ざすことになる核防条約(1968年7月1日、米英ソはじめ59カ国が調印)への加入に慎重であった。
1966年暮れ、来日中のディーン・ラスク米国務長官に対し、佐藤は次のように語っている。
中共につき最も心配なのは、……中共が核武装したことから、気ちがいに刃物という事態になる心配である。
1962年10月20日、ちょうどキューバ危機(10月15日から13日間)に世界の関心が集まっている時に合わせ、中国は突如、インドに大規模な侵攻を行い、戦略的要地を占領した。
その苦い経験を有し、かつ非同盟政策ゆえアメリカの「核の傘」とも無縁なインドが、佐藤以上の対中危機感を抱いたとしても不思議ではないだろう。
佐藤栄作首相が米国務長官に語った 「中共の核武装は○○○に刃物」 (via itokonnyaku)